憂国の騎士
ニュースを見て感じたことを書いたりとか。
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オープンソースを政府が推進する事には賛成
しあわせのくつさんより引用:

>『オープンソース開発者コミュニティを政府が推進する』ってちょっと違和感があります。
(中略)
>本質的なOSSのエネルギーがそこにはないと思います。

私は政府がOSSを推進するのは間違いでは無いと思っています。
日本のOSSを発展させたいという政府の意向は良いことだと思ってます。

やり方がまずいという意見に関しては、また別の議論になるのだろうけど、
例えばOSSはドキュメントの整備などが遅れたりしますよね。
そういうのを政府が支援してくれたらOSSのコミュニティも嬉しいのではないだろうか。
つまりOSSで面白そうな所は優秀な人たちにまかせて、あまり面白くない作業などは政府が支援したらどうかという事。
他にも色々介入のやり方はあるので、そっちを議論したら良いのにと思ったので書いてみた。

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テーマ:伝えたいこと - ジャンル:ブログ

富と金と弾さんと小野さん
弾さんとこ小野さんとこで「富と金」について議論になってる。
弾さんの深い考察には感服するが、いくつか理解不能な点があった。
小野さんは単純に「換金できない方の富を生み出す事も重要だよね」って言ってるだけに見えるんだけど。

>例えば祖母の肩たたきというのは、孫と祖母にとっては価値を有する富ではあっても、赤の他人に対しては何ら価値を持たないので金ではない。


「何ら価値を持たない」だから「金ではない」というのは論理的に変じゃないかな。
これは単純に「換金しにくい富と換金しやすい富がある」という事だと思うんだけど。

>なぜ我々が「法人」なるものを発明し、それを保護するための法を整備したかといえば、富を「金化」するためといっても過言ではない。


金化出来た富についてのルールという事だと思うのだが、それじゃダメなのだろうか。

>公的に理解可能な価値が必要で、それが金である。

う~ん、わからない。金というのは富の中の換金しやすいものだけが具現化されたもの
というだけじゃダメなのは何故だろう。

テーマ:つぶやき - ジャンル:ブログ

テレビのヤラセ問題について考える
セロというマジシャンを使ってフジテレビが詐欺的なマジックを放映していたので、ちょっとテレビのやらせ問題について考えてみた。

テレビをつけてまず目にとまったのは街角で通行人に協力してもらっての人体空中浮遊マジック。
これは明らかに通行人というか、その場に映ってる人全員がサクラである。
人を浮かせるには、かなり大掛かりな仕組みが必要だから、カメラに映っているセロの周囲の人にタネが見えないはずが無い。だから間違いなくその場の全員にタネは見えている。
それがアリなら編集でピアノ線を消している可能性もあり得、どんなタネでも可能だ。
窪んだ場所でやってたので上から吊っている可能性が高いだろう。

次に気になったのがハンバーガーがポスターから出てくるという手品
タネはこの動画を見るのが分かりやすいだろう。


セロはこの手品を、まるでふらっと通りかかった場所で他の手品のついでという感じで軽くやってた。
ポスターは壁に貼り付けられていたので、壁も作ったという事だ。物凄く手間がかかってる。
これの問題点は、ポスターと壁にタネは無いですよと言外に主張している事にある。
「そこまでやらないだろう」と無意識に考える人間の良心を逆手に取っている。
だから普通に見ていると衝撃的だ。不思議過ぎるのだ。
ただし通行人にはタネが分からないかもしれないのでヤラセとは言えないかもしれない。

普通マジックとは目の前の人に見せて楽しませるものだ。テレビぐるみでやるのフェアじゃない。
それに画面に映ってる全員がサクラでも良いという事になったら、見る気が失せるだろう。
視聴者がその事に何年も気がつかず騙され続けるものだと仮定しても問題はある。
なぜならテレビを使える一部の運の良いマジシャン以外は「つまらない人」になってしまうからだ。
テクニックではセロを上回っていても、あそこまで不思議なマジックをするのは難しいだろう。
テレビの観客はステージなどに比べ多いことから、この罪は大きいのではないだろうか?
マジック自体が衰退する危険があるように私には思える。

テレビ関係者は限られた予算で面白い映像を作るのは大変だから、ヤラセもある程度やむを得ないと考えているかもしれない。

しかし私はそうは思わない。
巨大な電波利権を持つ者のモラルとしてヤラセはやめるべきだ。
例えば、ラーメン屋の主人に予め打ち合わせをしておいて、突然やってきたように見せるようなものも禁止したい。そんなつまらない演出は必要ない。
線引きが難しいと言って自分達に枠をはめるのを拒否しているが、すべて自主規制にしてしまえば何も問題は無い。

だからと言って法律で禁止するのは「表現の自由」に抵触する恐れがあるので、相応しくないように思える。
まずは気がついたらすぐにブログなどで指摘して「私達視聴者はヤラセを拒否しています」という姿勢を見せる事が重要ではないだろうか?

テーマ:フジテレビ - ジャンル:テレビ・ラジオ

信じるも信じないも個人の自由?
個人の自由というより、人は騙されるものだ、という事なんだと思う。もう少し本質的なレベルの言葉にすると「人間は間違えるものだ」という、当たり前の事になるような気がする。404 Blog Not Foundで弾さんは「騙された場合のコストを誰が支払うかという視点が抜けてる」と言ってるけど、視点が抜けてるというより、単にズレてるんだと思う。議題の設定がおかしいというか。

「信じる」という言葉を使うなら「個人の自由」というよりも、こういう表現の方が相応しいと思った。

「信じるか信じないかでその人の限界が分かる」

うん、すっきり。

でもこの言葉を詐欺師などが利用すると「信じられないのはあなたの能力が低いからだ」という事になりそう。

でも私には能力が高い人ほど、特定の理念などを信じ込まずに、常にフェアな視点で検証する努力をしてそうに思えてならない。「能力」の定義にもよるんだろうけど。例えば検証する努力をする分まわり道になるから、疑いなしに一直線な人と比べてパフォーマンスは悪くなり「能力が低い」と判断されるかもしれないしね。
だから何かを信じて一直線の人の方が良い結果を残す場面も多いだろうな。言ってる事が変なのに実績がすごい人は、このパターンが当てはまる場合もあるだろう。そしてパフォーマンスや結果だけで評価する限り信じるものは救われると考える人は減らないと思う。そのせいで宇宙開発世界一の国で創造論なんてイミフなステキ理論が蔓延してしまうのではないか?

テーマ:考える - ジャンル:その他



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憂国騎士団「み」

Author:憂国騎士団「み」
国に対して憂いを感じている、という分けではなく、単に語感が好きなので憂国騎士団を名乗っています。
団長の「み」です。関東近辺に生息しております。
よろしくお願いします。



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