憂国の騎士
ニュースを見て感じたことを書いたりとか。
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勘違いや筋違いな事で他人を非難する事
「痛いニュース」で安倍首相のゴミ拾いの事がとりあげられていた。

ゲンダイネットの報道で、小学生がゴミを拾ったら関係者が「拾っちゃダメだ!」と言ったとの事。

私が興味を持ったのは、ここでの2chネラーの反応だ。
「安倍って小泉と比べてパフォーマンスヘタクソだな。やっぱ頭悪いんだろうな。」
「やっぱり安倍総理はお坊ちゃん育ちで段取り通りじゃないと動けないのか?」
「これは許せない。久々にムカッときたニュース。小学生は「こんなものか」と夢破れ。せっかく善行したのにしかられ。」


などなど、叩く意見が多い。
現実社会でも、自分が完全に情報を持ってる分けでも無いのに、断片的な情報から他人を攻撃したり勝手に話を膨らませたりする人が結構な割合で存在するので困る。

そういう人には「あなたは完璧に状況を理解出来ていると思っているのですか?」と言いたい。

また、この話が事実だったとしても安倍首相を叩くのは変な気がした。
関係者がゴミを拾うなと言ったらしいが、関係者がどういう立場の人か分からないなら叩きようが無いはずだ。

秘書とかなら、もっと良い人雇えよと言えるかもしれないが、引率の先生が変な気を利かせて言ったのかもしれないし、マスコミ関係者が冗談交じりに「だめだよ拾っちゃw」と言って、拾った人も笑いながら戻したとかも考えられそうだ。

他にも

153 名前: 牧師(静岡県)[] 投稿日:2007/06/07(木) 13:25:06 ID:N9LolzwL0
安倍はアドリブきかなすぎ

首相とゴミ拾い…丸川さんナイスフォロー

丸川珠代さんは3日午前、安倍首相らとともに東京都世田谷区の多摩川河川敷で
地元の小学生らに交じり清掃活動に参加した。約1メートルの長さの角材を拾ってきた
小学生に「これ、ありました」と差し出された安倍首相が「それは(ゴミ袋に)入らないよ」
と受け取りに難色を示すと、すかさず丸川さんがフォロー。「私が持ってあげる」と小学生に
話しかけて、担いでみせる一幕もあった。
http://www.sponichi.co.jp/society/news/2007/06/04/05.html

でかいゴミ拾ってきた小学生に「よくやった」と言えずに、
「それは(ゴミ袋に)入らないよ」 と言ってしまう人だから。

という話が投稿され、それに対して

199 名前: 前社長(東日本)[] 投稿日:2007/06/07(木) 13:35:16 ID:tLUFw5Ax0
>>153
やっぱ頭弱いんだな~w
東大出の丸川との差が面白いwww

みたいなレスが沢山ついてる。
これも現場を見てないので何とも言えないが、仮に安倍首相が気が利かなかったのだとしても「だからどうした?」としか思えない。

その時はたまたま頭が回らなかったのかもしれないし、慣れてない状況で動き方が分からなかったのかもしれない。

この程度の事で非難してしまう人は普段から「首相とはどのような状況でも常に誰よりも物事を上手くこなすべし」などと考えているのだろうか。
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教育現場を改革する方法を思いついた
ここを見て思いつきました。

教育を変えるには学校を変える必要がある。学校を変えるには教師を変える必要がある。
教師を変えるには校長を変える必要がある。

校長を変えるには校長の評価基準を変えれば良いのではないだろうか?

公立学校は国民のものなので校長が国民に向けて自校の取り組みを発表し達成率を上げざるを得ない仕組みを作れば良い。未達なら評価や報酬が下がる。

宣言した取り組みが本当に実施されているかを調査する仕組みも作る。
これらをネットでサクっと検索出来るような機能をYahooなどのポータルサイトに組み込み常に教育に興味のある一般人の目に晒すようにもしたら良い。校長の報酬も一緒に表示されるようにしたら面白いだろう。

こうすれば「なぜ実施しないのか?」という質問なども各校の校長にぶつける事が出来るようになるので京都の堀川高校の荒瀬校長や杉並区の和田中の藤原校長のような取り組みが波及しやすくなるだろう。新たなアイデアもどんどん共有される。
更に回答のログが永遠にネットで検索出来るようになる事は校長へのプレッシャーにもなる。

これとは別に校長がやりやすいように自校の教育の障害になるような国の制度を一時的に拒否できるようにもしたい。
校長がこのサイトで訴えれば、国の担当者がそれを認可しない理由を書く必要があるようにする。
これで明確な理由を書けなければ特区のような形で制度を変えられる。

ワタミ社長の渡邊さんが提唱している教育バウチャー制度と組み合わせて学校の淘汰という概念も導入すれば更に良いだろう。

いずれにせよ基本的な考え方は「現場に任せる」という事。裁量を与えられた教師が自分で色々工夫して結果を出しそれを我々庶民が評価出来るという事が大事だと思う。

しかしこれらの方法は全て小手先の手段であると思う。
「どこそこの大学に入れる事」が目的になっている限りは本質的な解決にはならないだろう。
勉強する目的は昨日うまく出来なかった事を少しでも出来るようになる為である。
これを間違えてはいけないと思う。


プロフィール

憂国騎士団「み」

Author:憂国騎士団「み」
国に対して憂いを感じている、という分けではなく、単に語感が好きなので憂国騎士団を名乗っています。
団長の「み」です。関東近辺に生息しております。
よろしくお願いします。



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