憂国の騎士
ニュースを見て感じたことを書いたりとか。
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日記の読み逃げ禁止という意見の分析
http://www.itmedia.co.jp/news/articles/0703/20/news042_2.html

この記事にもあるように日記の読み逃げをマナー違反だと考える人が増えているようだ。
最初にこの現象を知った時は「日記に絶対コメントしろって、なんと傲慢な」と思った。
しかしそれは私が昔からネットを使っているからそう思うのでは無いかと考え直してみた。

昔はネット上の知り合いの日記を読んでもコメントしない事の方が普通だった。
掲示板と日記は別になっていたしページを訪問しても足跡は残らなかったので、本当にコメントしたい時しか
しないのが常識だった。しかしSNSはこれまでのネットとは違う。(なんせ2.0になったし)
誰がいつページに来たのかが分り、日記ごとに掲示板の機能がある。
そして訪問者は直接の友達じゃないとしても友達の友達ではあり、全く無関係な人では無いという事が前提だ。

SNSの本質は人づきあいであり、ページに足跡を付けられるという事は、町で知り合いとすれ違う事や自分の家の庭に誰かがやってくる感覚に近いだろう。
そこで顔を合わせたのに無視するな、と言われれば確かに、マナー違反だと言う人の気持ちも分かる気がする。
(私は足跡を見ないどころかmixi自体にほとんどログインしてないので気になりようが無いが)

mixiの利用者は18歳以上である事が前提で、初期の頃の参加者には昔からネットをしていた人も多く、
「読み逃げはマナー違反」という感覚を持つ人はほとんど居なかっただろう。
しかし時代は進み(と言ってもまだ2~3年なのだが。。。)SNSの本質に最初から触れる世代が増えた事で
彼らの感覚の方が常識になりつつあるのでは無いだろうか?

モバゲータウンの登場で若い世代が増えた事もこの現象に拍車をかけているのでは無いかと思う。

もしこの考察が正解ならいずれSNSの日記にコメントを付けないのは非常識という日が来る。
間違いなら、棲み分けという方向に進むか、そんな意見は消えるか。
それ以前にmixiに「忍び足」機能と「ログイン時間の隠匿機能」が実装さたら
mixi疲れという現象も無くなるし万事解決するのだが。

ただ、mixi側からすれば一部の人が疲れる程度のデメリットは、
コメントが増え活性化するメリットに比べたら、たいした事は無いと思うので、
これらの機能は実装されない可能性が高そうだ。
むしろ踏み逃げは非常識というのが一般的になった方がmixi側は嬉しいのかもしれない。

テーマ:ITニュース - ジャンル:ニュース

オープンソースを政府が推進する事には賛成
しあわせのくつさんより引用:

>『オープンソース開発者コミュニティを政府が推進する』ってちょっと違和感があります。
(中略)
>本質的なOSSのエネルギーがそこにはないと思います。

私は政府がOSSを推進するのは間違いでは無いと思っています。
日本のOSSを発展させたいという政府の意向は良いことだと思ってます。

やり方がまずいという意見に関しては、また別の議論になるのだろうけど、
例えばOSSはドキュメントの整備などが遅れたりしますよね。
そういうのを政府が支援してくれたらOSSのコミュニティも嬉しいのではないだろうか。
つまりOSSで面白そうな所は優秀な人たちにまかせて、あまり面白くない作業などは政府が支援したらどうかという事。
他にも色々介入のやり方はあるので、そっちを議論したら良いのにと思ったので書いてみた。

テーマ:伝えたいこと - ジャンル:ブログ

富と金と弾さんと小野さん
弾さんとこ小野さんとこで「富と金」について議論になってる。
弾さんの深い考察には感服するが、いくつか理解不能な点があった。
小野さんは単純に「換金できない方の富を生み出す事も重要だよね」って言ってるだけに見えるんだけど。

>例えば祖母の肩たたきというのは、孫と祖母にとっては価値を有する富ではあっても、赤の他人に対しては何ら価値を持たないので金ではない。


「何ら価値を持たない」だから「金ではない」というのは論理的に変じゃないかな。
これは単純に「換金しにくい富と換金しやすい富がある」という事だと思うんだけど。

>なぜ我々が「法人」なるものを発明し、それを保護するための法を整備したかといえば、富を「金化」するためといっても過言ではない。


金化出来た富についてのルールという事だと思うのだが、それじゃダメなのだろうか。

>公的に理解可能な価値が必要で、それが金である。

う~ん、わからない。金というのは富の中の換金しやすいものだけが具現化されたもの
というだけじゃダメなのは何故だろう。

テーマ:つぶやき - ジャンル:ブログ

テレビのヤラセ問題について考える
セロというマジシャンを使ってフジテレビが詐欺的なマジックを放映していたので、ちょっとテレビのやらせ問題について考えてみた。

テレビをつけてまず目にとまったのは街角で通行人に協力してもらっての人体空中浮遊マジック。
これは明らかに通行人というか、その場に映ってる人全員がサクラである。
人を浮かせるには、かなり大掛かりな仕組みが必要だから、カメラに映っているセロの周囲の人にタネが見えないはずが無い。だから間違いなくその場の全員にタネは見えている。
それがアリなら編集でピアノ線を消している可能性もあり得、どんなタネでも可能だ。
窪んだ場所でやってたので上から吊っている可能性が高いだろう。

次に気になったのがハンバーガーがポスターから出てくるという手品
タネはこの動画を見るのが分かりやすいだろう。


セロはこの手品を、まるでふらっと通りかかった場所で他の手品のついでという感じで軽くやってた。
ポスターは壁に貼り付けられていたので、壁も作ったという事だ。物凄く手間がかかってる。
これの問題点は、ポスターと壁にタネは無いですよと言外に主張している事にある。
「そこまでやらないだろう」と無意識に考える人間の良心を逆手に取っている。
だから普通に見ていると衝撃的だ。不思議過ぎるのだ。
ただし通行人にはタネが分からないかもしれないのでヤラセとは言えないかもしれない。

普通マジックとは目の前の人に見せて楽しませるものだ。テレビぐるみでやるのフェアじゃない。
それに画面に映ってる全員がサクラでも良いという事になったら、見る気が失せるだろう。
視聴者がその事に何年も気がつかず騙され続けるものだと仮定しても問題はある。
なぜならテレビを使える一部の運の良いマジシャン以外は「つまらない人」になってしまうからだ。
テクニックではセロを上回っていても、あそこまで不思議なマジックをするのは難しいだろう。
テレビの観客はステージなどに比べ多いことから、この罪は大きいのではないだろうか?
マジック自体が衰退する危険があるように私には思える。

テレビ関係者は限られた予算で面白い映像を作るのは大変だから、ヤラセもある程度やむを得ないと考えているかもしれない。

しかし私はそうは思わない。
巨大な電波利権を持つ者のモラルとしてヤラセはやめるべきだ。
例えば、ラーメン屋の主人に予め打ち合わせをしておいて、突然やってきたように見せるようなものも禁止したい。そんなつまらない演出は必要ない。
線引きが難しいと言って自分達に枠をはめるのを拒否しているが、すべて自主規制にしてしまえば何も問題は無い。

だからと言って法律で禁止するのは「表現の自由」に抵触する恐れがあるので、相応しくないように思える。
まずは気がついたらすぐにブログなどで指摘して「私達視聴者はヤラセを拒否しています」という姿勢を見せる事が重要ではないだろうか?

テーマ:フジテレビ - ジャンル:テレビ・ラジオ

信じるも信じないも個人の自由?
個人の自由というより、人は騙されるものだ、という事なんだと思う。もう少し本質的なレベルの言葉にすると「人間は間違えるものだ」という、当たり前の事になるような気がする。404 Blog Not Foundで弾さんは「騙された場合のコストを誰が支払うかという視点が抜けてる」と言ってるけど、視点が抜けてるというより、単にズレてるんだと思う。議題の設定がおかしいというか。

「信じる」という言葉を使うなら「個人の自由」というよりも、こういう表現の方が相応しいと思った。

「信じるか信じないかでその人の限界が分かる」

うん、すっきり。

でもこの言葉を詐欺師などが利用すると「信じられないのはあなたの能力が低いからだ」という事になりそう。

でも私には能力が高い人ほど、特定の理念などを信じ込まずに、常にフェアな視点で検証する努力をしてそうに思えてならない。「能力」の定義にもよるんだろうけど。例えば検証する努力をする分まわり道になるから、疑いなしに一直線な人と比べてパフォーマンスは悪くなり「能力が低い」と判断されるかもしれないしね。
だから何かを信じて一直線の人の方が良い結果を残す場面も多いだろうな。言ってる事が変なのに実績がすごい人は、このパターンが当てはまる場合もあるだろう。そしてパフォーマンスや結果だけで評価する限り信じるものは救われると考える人は減らないと思う。そのせいで宇宙開発世界一の国で創造論なんてイミフなステキ理論が蔓延してしまうのではないか?

テーマ:考える - ジャンル:その他

新入社員の質問に答えられない先輩
表題のような事が起きた時に新入社員側は
「この人はそういう疑問を持たずにずっと仕事をしていたのだろうか?」
と思うかもしれない。

「なぜ○○なのですか?」という疑問に対してこのような現象が起こりやすいと思う。

おそらく先輩も最初にその仕事を覚えた時には似たような疑問を持ったはずだ。
でも、その疑問を解消するより、とにかくなんとかする事を優先した為に
分からないまま先に進んでしまう。
先に進めば、また別の疑問に遭遇するが、これも解決せずに先に進む。
すると最初の方で疑問に思ったことなど忘れてしまう。

何年も会社に居ると、様々な疑問に遭遇しているのだ。
特に技術系の場合は多いだろう。

無数の疑問を全て記憶する事は出来ないし、それらをすべて解決する時間的な余裕も無い為に表題のような現象が起きるのではないかと考えられる。

新入社員側は先輩が答えられなくても「こいつ大したことないんじゃない」と考えるのでは無く、真摯に先輩の話を聞くべきであると思われる。

だからA君、私が答えられなくても馬鹿にしないで下さい。
(個人的な愚痴でしたw)

テーマ:一人言 - ジャンル:学校・教育

プルプルするリンク
http://oitake.jugem.jp/?eid=20
ここで紹介されてるプルプルするリンクを試してみました。
リンクにマウスを合わせるとプルプルします。

面白い。
教育基本法改正案について
教育基本法の改正案が衆議院を通過したらしいですね。
読売新聞の記事に以下の記述があります。

『教育目標として、「伝統と文化を尊重し、それらをはぐくんできた我が国と郷土を愛する」態度を養うことなどを掲げた。』


これを見て気に入らないなーと思った点が二つあります。

1点目。
「伝統と文化を尊重し」という部分だが「深く理解し」で良いのではないか。
尊重するかどうかは個人の自由であるべきで、目標にするべきではない。
深く理解した結果「そのような伝統は無くすべきだ」という判断もありえる。

2点目。
「我が国と郷土を愛する」という部分。これも愛するかどうかは個人の自由で
教育によってコントロールして良いものではないだろう。
人によっては現在の日本を憎むこともありえるし、それを悪いと決め付けるのもおかしい。

ニュースをちらっと見て思いついたままに書いているので的外れな意見かもしれないけど、他の人の意見も聞きたいので書き込んでしまいます。
NHKはスクランブルをかけるべき
NHKは受信料を払わない世帯にスクランブルをかけるべきだ。
法律で決められているから仕方なく受信料を払っているが、
スクランブルがかけられ合法的に支払いが拒否できるのであれば支払うつもりは無い。

私の中では情報は主にネットから得るもので、テレビは補助的なものだ。
その補助的なものの更に一部分でしかないNHKに料金を支払い続けるのは納得がいかない。

「公平な立場で放映できるのはNHKしかない」だから「受信料は義務化すべき」
というのは詭弁に近いのではないか?
公平な立場なんてものはそもそも存在しえない。更に現代ではネットがある。
さっさと法律を変えるべきだ。

災害情報などを放映するのに必要というのなら、災害が起きた時だけスクランブルをかけずに流せば良いだろう。
(民放でも災害情報は流すだろうから必要無いかもしれないが)
wiiの体験映像
ここwiiを試遊している人の映像を見ることが出来ます。

高性能なPS3にも勝ち目はあるのかと思ってましたが、
予想を修正したくなって来ました。
wiiの一人勝ちなんでしょうかね、やっぱり。
任天堂は見せ方が上手いな~。

ちょっと欲しくなってしまいました。

関係ないけど、彼女ちょっと下手過ぎますよね。
ちっちゃい子やお爺さんでもなんとかプレイできてるのにw
私も運動音痴なのでどうなるか分かりませんが彼女には勝てるような気がします。


プロフィール

憂国騎士団「み」

Author:憂国騎士団「み」
国に対して憂いを感じている、という分けではなく、単に語感が好きなので憂国騎士団を名乗っています。
団長の「み」です。関東近辺に生息しております。
よろしくお願いします。



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